移動販売車で稼ぐ行商ビジネスの失敗学と業界構造
ショッピングセンターの駐車場や行楽のイベント会場では、焼きたてパンやソフトクリームなどを売る移動販売車をよく見かけるようになった。派手な飾り付けをした車両が目立っているため「一度は買ってみようか」という気にさせるが、実際にどれくらい儲かっているのかに関心を抱いている人は多いだろう。
独立開業テーマとして近年若い人を中心に人気を集めているのが、「ネオ屋台」とも呼ばれている移動販売車ビジネスだ。本質的にはラーメンの屋台と同じなのだが、昔のリヤカー式屋台と違って、最近は格好よくデザインされた販売車で、昼間のオフィス街やイベント広場などで、ランチからコーヒーまで都会的な食材を売るという、お洒落で華やかなイメージが被せられている。移動販売なら人が集まるところに出店することができ、普通の店舗よりも初期投資が少なくて済むということをセールスポイントとして、移動販売車による独立開業を促すフランチャイズチェーンも増えている。1台あたりの開業コストは約5百万円前後と脱サラ組でも手が届くレベルの起業テーマであることから、「現代の行商ビジネス」として人気は高い。
ところが移動販売車による商売は、通常の店舗経営と比較して成功率が低いことはあまり知られていない。その理由はこのように考えるとわかりやすい。たとえば、焼きたてパンを移動販売車で売るビジネスを成功させるには、「美味しいパンを作ること」と「移動方式で売る」という2種類のノウハウが同時に必要になる。これは単にパン屋を経営するよりも高度な商売の技量がないと成功しないことを意味する。しかし多くの開業者は「移動販売なら自分でもできそうだ」と安易に考えてしまう傾向がある。実際に商売をしてみると、両方のノウハウが中途半端なままで、半年もすれば客に飽きられてしまうというケースが多い。
その一方で、移動販売車で着実な黒字を出して個人事業から企業へと発展させる経営者もいる。確かに移動販売のノウハウを十分に会得していれば、普通の店舗よりも経費をかけずに稼ぐことはできるのだが、それと素人開業者とは何が違うのだろうか?それを掘り下げていくと「クルマを使って稼ぐ商売」の本質が見えてくるようになる。
【移動販売車は儲かるビジネスか?】
起業雑誌の広告には、店舗を構えるより初期投資が低い、週末の副業として最適、自分ひとりから商売が始められるなど、独立開業テーマとしてクルマを改造した移動販売がいかに魅力的で注目すべきビジネスであるかが強調されていて、車両の製作から出店場所の確保までその開業をサポートするという会社も増えてきている。また、店舗販売を本業としているところまでもが販路拡大を期待して移動販売を始める例も増えている。
しかし首都圏では、すでに条件のよい出店場所が同業者で満杯になってしまい、開業したものの、場所の空き待ちを余儀なくされている移動販売車オーナーもいる。クルマならどこでも販売できるとはいうものの、駐車場所の地主からはあらかじめ許可を得なければならないし(道路沿いは通常どこも禁止)、人通りの多い場所や天候に影響されにくい場所を望むなど、やはり店舗と同じくその立地は重要な条件であることに変わりはない。開業しやすいということは、それだけ売れる場所に同業者が殺到し、激しい陣取り合戦が起きるということでもある。また天候が客足に及ぼす影響は店舗以上に大きいものだ。ブームともいえる中、副業とするならばまだしも、移動販売を店舗営業の代わりに本業にすることにはリスクが少なからずある。
【焼きたてパン移動販売の採算構造】
移動販売ビジネスで失敗する多くのケースは、販売用のクルマにかけるコスト(開業資金)と売上げのバランスが合わないことに原因がある。メロンパンの移動販売がフランチャイズビジネスとして人気化したが、この手のFCチェーンに加盟して開業するには最低でも5百万円~の資金が必要になる。その大半は移動販売車の購入と、車内の設備(醗酵機やオーブン)にかかる費用である。
それに対してメロンパン1個は100円~120円の価格で売る。その中でFC本部から仕入れるパン生地の原価が約5割のため、1個のメロンパンを売って得られる儲け(粗利益)というのは50円~60円である。この小さな商いで開業資金を回収して黒字化していくためには1日に何個のメロンパンを売ったらよいのだろうか?
500万円の車両を5年のローンまたはリースで購入した場合の月々の返済額は約10万円になる。それにガソリン代や水道光熱費、広告費や人件費を加えると少なく見積もっても月に80万円程度の経費がかかる。これを1個の儲けが50円のメロンパンだけで稼ぐとすれば月に1万6千個(1日に約6百個)のペースで売らないと商売として成り立たない。しかも車両リースの支払いは5年間続くため、メロンパンの人気が5年間以上続くことが前提だ。もちろん季節や天候によっても売れ行きは変わってくるし、移動販売のウリは車内で焼き上がったばかりのパンを売るところにあるので、冷めて売れ残ってしまったパンは翌日には使えない。
それらの問題をクリアーして商売を5年以上持続できるかは疑問だ。実際にこの商売で廃業した人の話では、1日に百個売れない日も珍しくなかったという。
FC本部が開業希望者に提示するのは上表のような採算例だが、そこには素人が騙されやすい罠が隠されている。1日 600個の売上予想というのは、本部が用意する車両や機材を揃えた上で黒字を出すため目標値のようなもので「実際に売れる数」とは大きな隔たりがある。その原因となっているのは“5百万円”という高い車両購入費の設定だ。FCに加盟せずに本当に儲けている移動販売車というのは、中古の軽トラを改造したシンプルなもので、その車両代は約50万円と十分の一のコストで商売をしている。その道のプロからすると、1台の移動販売車に5百万もの資金を投下して、1個百円のパンを売るのではとても採算が合わないだろうというのが共通した意見である。
いわゆる「クルマで稼ぐ商売」では、できるだけ車両にかかるコストを低く抑えることが鉄則である。しかし移動販売車が高級外車並に高くなってしまうのは、それぞれの店や販売する商材によって完全カスタムメイドで車両を製作しているためである。これはレース仕様にスポーツカーをチューニングするのと同じことで、実際にスポーツカーやキャンピングカーのカスタマイズ業者が新たな商売として、独立開業者向けに移動販売車の製作販売を仕掛けているケースというのは多い。
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■JNEWS会員レポートの主な項目
・クルマを動かして稼ぐビジネス最前線の動向
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・移動販売車は儲かるビジネスか?その採算と業界構造
・焼きたてパンの移動販売は儲かる商売か?
・メロンパン移動販売車の採算性について
・移動販売ビジネスで本当に儲けられるのは誰なのか?
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・運賃×安定顧客で稼ぐ介護タクシーの収益構造
・クルマで商売をしたい個人事業者を束ねる元締め業者の存在
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■この記事の完全レポート
・JNEWS LETTER 2007.5.9
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