デジタルヘルスパスをツールとした健康管理ビジネス
新型コロナワクチンの集団接種と同時に、業界全体としてワクチンパスポートが最も速く普及するのは、航空業界とみられている。世界の航空会社が加入する国際航空運送協会(IATA)では、旅行者の健康状態を記録した、スマートフォン用のデジタルヘルスパス(IATA TravelPass)の開発を進めている。
ヘルスパスの具体的な機能となるのは、(1)旅行時に必要となるウイルス検査やワクチン接種に関する正確な情報を登録できる機能、(2)世界各地の検査施設とワクチン接種の会場を検索できる機能、(3)ウイルス検査とワクチン接種の証明書を電子的に記録できる機能、(4)電子証明書を空港職員と非接触で共有できる機能の4項目で、これらのソフトウエアは別の団体が開発するヘルスパスとも連係が可能になっている。
■IATA Travel Pass Initiative(IATA)
これまでの空港検疫手続きでは、RCR検査の記録を紙や写真で旅行者が所持していたが、記録は多言語で書かれているため、検査員が内容を確認するに手間がかかっていた。また、記録が改ざんされると見破ることも難しい。しかし、デジタルヘルスパスが導入されることで、信頼性の高い電子証明書を自動認証できるため、検疫の安全を向上させながら、手続きにかかる時間も大幅に軽減することができる。
【在宅勤務からの復帰と従業員ヘルスパス】
デジタルヘルスパス導入のニーズは、企業の従業員向けにも広がっている。ワクチン接種が進めば、1年近く実施してきた在宅勤務を解除して、オフィス勤務へと戻していく企業は、徐々に増えてくることになる。ただし、従業員の健康チェックはしていく必要があることから、ヘルスパスの導入が検討されている。
Salesforceは、企業が在宅勤務者を職場復帰させるための支援ソリューションとして「Work.com」というプラットフォームを立ち上げている。その中では、従業員の健康状態を管理できるウェルネスチェック機能と、各社員の体調を考慮した勤務シフトが組める機能が用意されている。
ウェルネスチェック機能には、IBMが開発したデジタルヘルスパスアプリが組み込まれており、個人のモバイルデバイスとリンクして、毎日測定する体温、PCR検査の履歴、ワクチンの接種歴などの健康情報を保存、共有することができる。これらの健康情報は社内のサーバーではなく、IBM側のブロックチェーン台帳で管理されるため、個人のプライバシーは守りながら、安全な業務を遂行する上で必要なデータのみを活用できるようになっている。
たとえば、在宅チームとオフィスチームの両方を組み合わせたハイブリッド型の勤務シフトを作る場合にも、ウェルネスチェック機能を活用すると、体調が芳しくない社員は在宅勤務として、オフィスチームは健康状態の良い社員のみで編成することができる。また、出勤した社員の中から、数日後に体調不良の報告があれば、オフィス内で接触のあった同僚の健康状態を追跡することも可能だ。
企業がデジタルヘルスパスを最大限に活用すれば、ワクチン接種をした社員のみをオフィスに戻したり、接客業務に配置して顧客の安心感を高めることも可能になる。しかし、会社側の指示で従業員にワクチン接種を受けさせることは、倫理上の問題があるため、自発的にワクチン接種をした者に対してインセンティブを与えるような、予防接種の奨励制度を設ける方法も検討されている。
米国の調査機関、ピューリサーチセンターが、米国成人(12,648人)に対して行ったアンケート調査(2020年11月)によると、ワクチンが出来れば「必ず打つ」と回答したのは全体の29%、「たぶん打つ(31%)」と回答した人を含めると全体の6割がワクチン肯定派となっている。一方で、「絶対に打たない」という人は18%、「たぶん打たない人(21%)」を合わせて全体の4割がワクチン否定派と二分化している。
■Intent to Get a COVID-19 Vaccine Rises to 60%
世界がコロナ禍から平常の生活に戻るには、できるだけ多くの人がワクチンを接種することが必要となり、各国の政府は接種奨励キャンペーンを展開するようになっている。ワクチンの効果や安全性が示されたニュースが流れると、ワクチン肯定派の割合は増える傾向があるが、ワクチンを拒否する国民も一定数は残ることも確実だろう。
そうした中で、接種証明を持つ者と、持たない者との間で生活や仕事上の差別が生じるのは良くないことだが、コロナ禍を転機として、人々の健康状態が電子的に管理されるデジタルヘルス社会は着実に近づいている。
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