アンチエイジングと薄毛治療からみた自由診療ビジネス
所得の高い人達ほど総じて平均寿命が長いということは、世界の統計からも実証されている。同じ中国人でも、香港に住む人の平均寿命は日本人と同水準で世界トップクラスだ。それは彼らが質の高い医療サービスを受けていることに理由があることは間違いなく、生死に関わる重病でなくても、国境を越えて世界の名病院や名医を探して最新の治療を受けることも最近では珍しくなくなっている。
長寿医療というと高齢者が受けるものというイメージが強いかもしれないが、老化を防ぐための抗加齢医療(アンチエイジング)もその中には含まれていて、欧米では40歳過ぎから取り組む人達も少なくない。映画俳優が年を取っても若々しくみえるのは、アンチエイジング治療を積極的に受けていることが大きい。美容整形と混同されることも多いのだが、アンチエイジングの本質は外見上の若さを再生する施術ばかりでなく、体内で進行している老化の状況を把握して、老化のスピードを遅らせるための対策をしていくことにある。そのためアンチエイジングに関連した医療は、美容外科の他に、皮膚科、婦人科、内科、精神科など多岐にわたっている。
自分の体がどれくらい老化しているのかをチェックする方法として「アンチエイジングドッグ」というものがある。これは尿、血液、毛髪などから、その人の体がどれだけ老化しているのかを検査して、成人病の予防や若返りのための治療に役立てるものだ。検査の一例として、毛髪中にどれだけの有害物質が含まれているのかを測定するものがある。人は長年の生活で、空気や食品から有害物質(カドミウム、鉛、水銀、ヒ素、ニッケル等)を体内に摂取しているが、その含有量が特に多ければ病気の原因になる。また体に必要な物質(カルシウム、マグネシウム鉄、亜鉛等)が不足していても病気を引き起こすことから、医師が食事や生活環境を改善するためのアドバイスをして、それで足りない分についてはサプリメントの処方まで行うというもの。
また体が酸化している状態を調べる酸化ストレス検査、皮膚の衰え具合を診断する皮膚年齢検査などもあり、その結果を見ながらアンチエイジングの具体的な治療を行っていくのである。皮膚科のクリニックでも、肌の衰えが気になる人に対してレーザー治療、ボトックス注射、ヒアルロン酸注入なども行うようになってきている。これは従来の皮膚科治療を超えた“アンチエイジング科”といえる領域だ。
アンチエイジングは公的保険の適用外となる自由診療で、患者は数万~数十万円かかる費用をすべて自己負担しなくてはいけないものだが、このように自費でアンチエイジング治療を望む人達は次第に増えている。公的保険の引き下げが厳しい状況の中、医療業界にとって彼らは優良顧客という捉え方をすることができ、病院では自由医療の患者を増やすことが経営上の課題といえる。
《これから有望視される自由診療の分野(例)》
- 美容整形
- 内面からのアンチエイジング治療
- ダイエット指導、肥満治療
- ガンの高度医療
- 不妊治療
- 医師への健康相談(セカンドオピニオン)
- 糖尿病の予防
- 歯の矯正、義歯、デンタルエステ
- 人間ドッグ、各種の検査ビジネス
- 遺伝子治療
- 精神科医師のメンタルケアサービス
【病院経営からみた診療方針の転換期】
日本で病院に勤める医師の平均年収は約1200万円という水準。一般のサラリーマンからすれば高年収といえるが、患者の命を預かる責任の重い仕事で、24時間体制の過酷な勤務が求められる仕事の内容としては、それでも高すぎるということはない。独立して個人クリニックを経営している開業医にしても、総所得から借入金や税金を差し引いた“手取り収入”でみると約1400万円で、設備の借入返済や医療ミスによる訴訟のリスクを背負っていることを考慮すれば、決して十分とはいえない。
保険診療による病院の診察料は、国が定めた単価がすべて点数化されているが、その報酬点数は、治療方法が定着している定番の病気ほど引き下げられる傾向にある。たとえば、糖尿病の定期的な診察(検査、投薬、注射など)は1669点から1392点へと今年の改定で引き下げられている。これは患者にとって診察料が安くなる一方で、病院の収入は16,690円から13,920円へと目減りすることを意味している。(診療報酬1点につき10円で計算)
高齢化で患者の数は増えても、報酬点数が下がれば、病院の利益率は低下するわけで、医師の人件費も削減していくしかない。医師の給与水準が下がると、優秀な若者の中で「医師よりも他の職業に就く」という人が増えて、それが医療水準の低下へと繋がっていく。それを防ぐには、病院は従来のような保険診療だけに収入を依存せずに、患者1人あたりの利益率が高い自由診療へも目を向けていくことが避けられない。その裏付けとして、米国では公的保険の制度が日本より劣っているにも拘わらず、医師の平均年収は日本よりも高い。
【医師の自由診療を支援するビジネス】
日本の医療水準を高めるという面では、自由診療の分野が広がるのは悪いことではない。保険診療の範囲では、どの病院も同じ診察内容を繰り返すばかりで技術やサービスの向上を怠りがちになってしまうが、自由診療は患者の負担額が大きくなる分だけ、努力をしない医師は患者からの信頼を受けることができずに淘汰されていくことになるだろう。
それでは医師達はどこで新しい知識や技術を身につけているのだろうか?一例として、男性向けのアンチエイジングとして人気が高まっているものに、薄毛・脱毛の治療がある。これまで薄毛に悩む人は民間業者のカツラや植毛に頼るしかなかったが、最近では正規の病院でも“薄毛治療”を診察項目に加えるところが増えてきている。
遺伝や男性ホルモンの影響などから頭が禿げてくることは、正式には「男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia)」というもので、略してAGA(エージーエー)と呼ばれている。この治療法が普及しはじめたのは「フィナステリド」という前立腺治療の薬が脱毛症にも効果があることが発見されたためで、日本では万有製薬が「プロペシア」というAGA用薬として2005年から病院向けに販売している。
つまり薄毛治療の仕掛け人は製薬会社で、病院の医師は患者を診察して薬を処方するという役割だ。最近では「爆笑問題」によるAGAのテレビCMが放映されているが、この広告主は万有製薬である。男性の視聴者が薄毛治療に関心を持って最寄りの病院に問い合わせるようになれば、プロペシアを取り扱う病院が全国的に増えるわけで、万有製薬も潤うというカラクリだ。同社ではAGAについての専門情報サイトを公開して、全国でAGA治療に対応している病院(プロペシアを処方する病院)の検索サービスを提供している。実際にAGA治療の自由診療を手掛ける病院やクリニックは、美容外科、皮膚科、内科という枠を超えて広がりを見せている。AGA治療は短期で終わるものではなく、数年にわたって継続的に行うものであるため、病院にとっては“魅力的な患者”といえる。
病院から処方されるプロペシアの価格は1錠あたり約 250円で、1ヶ月服用すると 7,500円の薬代ということになるが、副作用の心配もあるため、医師の服用指導、各種の検査費用を含めて、病院では患者に対して1ヶ月あたり1万円~3万円の診療費を設定している。公的保険外の診療であれば料金を自由に設定できるため病院によって料金差があるが、患者がどの病院を選ぶのかの基準は、料金の問題だけはないだろう。
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■JNEWS会員レポートの主な項目
・平均よりも長く生きるための長寿コスト
・国別にみた医療費の支出額の違い
・アンチエイジングと薄毛治療からみた自由診療ビジネス
・病気を治す医療から寿命を延ばす医療への変化
・病院経営からみた診療方針の転換と新サービス
・医師の自由診療を支援するビジネス
・30兆円超を動かす医師との関係作りと名医格付ビジネス
・学会から専門コミュニティへ変化する医師の業界構造
・医療費の用途を決める医師の役割と利権
・オススメの病院、名医を格付するサービス
・未来生活で浮上する医・職・教のキーワードと田舎暮し市場
・病気を治すことから察知することへ変わる Health 2.0の兆し
・医療現場から学ぶセカンドオピニオンによる助言業務の仕組み
・玉石混淆の健康サービスが生き残るための医師との協業ビジネス
・新素材の金脈発掘に奔走する健康業界と究極の若返り市場
■この記事の完全レポート
・JNEWS LETTER 2008.9.27
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