消費税で判断する取引先企業の経営状況診断ノウハウ
「同業者間、取引先間で売上はいくらあるのか」「利益はいくらあるのか」というテーマは商売人にとって大変興味がある。しかし、事業者同士で利益や売上額の話はなかなかしづらいもの。また銀行員が新規取引先開拓として各事業所を営業する際にも「具体的な売上」は聞き難いが知らなければならない内容だ。そのためにさり気ない世間話の中で相手先の経営状況を把握するテクニックというのが業界人の中にはたくさん存在している。
その中でも「売上額」に関しては消費税の話題を相手に振ることである程度の売上や大まかな利益がどのくらいなのか掴めてしまうことがある。それを目的とした消費税の仕組みを説明してみよう。
【消費税の仕組みについて】
消費税の税額の計算方法は「原則方式」と「簡易課税方式」に分けられる。各企業がどちらの方式を採用しているかにより、その企業の経営状況をおおよそ把握することができる。(※年商2億円以下の法人だけが簡易課税の適用を受けられる)
<●原則課税の仕組み>
売上時に徴収した消費税額から仕入時に支払った消費税額を差し引いて算出する。
(1)得意先への課税品の売上げ
本体価額 10,000円 +消費税額(A) 500円=販売価額 10,500円
(2)仕入先からの課税品の仕入れ
本体価額 5,000円 +消費税額(B) 250円=仕入価額 5,250円
★原則課税による納付税額の計算方法
売上げに係る消費税額(A) 500円 から仕入れにかかる消費税額(B) 250円 をひく。
◎消費税額(売上時)500円 − 消費税額(仕入時)250円 = 250円←─納税額
<●簡易課税の仕組み>
売上時に徴収した消費税額から一定率の「みなし仕入率」を計算して差し引く。
(1)得意先への課税品の売上げ
本体価額 10,000円 消費税額(C) 500円=販売価額 10,500円
(2)仕入先からの課税品の仕入れ
現実の仕入では各商品毎に粗利益率は異なるが中小企業の事務を簡略化することを目的とした簡易課税制度では各業種ごとに一定の「みなし仕入率」が定められている。
<みなし仕入率>
第一種事業(卸売業 ) 90%
第二種事業(小売業 ) 80%
第三種事業(製造業等 ) 70%
第四種事業(その他の事業) 60%
第五種事業(サービス業等) 50%
例えば小売業の場合は粗利益率を20%とみなして、課税売上げの80%を課税仕入れとして計算するため
「仕入れにかかる消費税額(D)= 500×0.8=400円」となる。
★簡易課税による納付税額の計算
売上げにかかる「消費税額(C) 500円」から仕入れにかかる
「消費税額(D) 400円」をひく。
◎消費税額(売上時)500円 − 消費税額(仕入時)400円 = 100円←─納税額
【選択方式で経営状況がわかる】
ここで重要なのは簡易課税方式では「現実の仕入率」がいくらであっても関係がないということである。企業は消費税の選択方法を税額が少ない方を合理的に選択するはずなので、「売上高」に対して一定率を税額と見なす簡易課税を選択しているということは、簡易課税制度で支払う消費税額の方が、原則課税方式で支払う消費税額より少ないことになる。(上記の例はそうなっている)
この場合には実際の大まかな利益(売上−仕入−経費)のほうが、簡易課税のみなしの粗利益率より高いということが把握できることになる。
ある卸売業の会社の現実の原価率が60%だとしよう。簡易課税の(みなし)原価率は、80%と決まっているから、この会社では簡易課税方式を選択するほうが有利になる。逆に現実の原価率が80%を超えているようなら簡易課税の方が不利になる。
簡易課税制度は中小企業の事務を簡略化させるのが目的で現在は課税売上高2億円以下の企業に限り採用することができる。以前は何でも簡易課税を選択すれば有利と言われていたが、消費税改正以後、簡易課税のみなし仕入率が細かくなったため現在は経営内容が良くないと有利とはいえない状況になっている。
高度成長時代からバブル期にかかては年商(売上高)が大きければ安定した取引先であると考えられてきたが、現在の状況でそれは当てはまらない。取引先からの安定売上を確保するために無理な値引きをおこない利益率を大幅に圧迫させている企業は思いの外に多が、そんな経営が厳しい中小企業の大半は「簡易課税」ではなく「原則課税」を採用している。
年商が2億円近くあるのに、あえて原則課税を選択している会社には、それなりの理由があると考えた方がよいだろう。決算書や税務申告書上の利益は、ある程度見栄えが良いように修正して公開することが容易なために、必ずしも正しい経営状況を反映しないことも多い。
税理士や銀行員などプロの目から見れば、実際のお金の流れを反映している消費税申告書は中小企業の経営実態を掴むための道具として使える。最近では赤字企業が増加しているため、減少傾向にある法人税よりも消費税の課税に力を入れようという当局の意向も感じられる。事業者も消費税に興味を持って納税額を考えてみることが求められる時代だ。
税理士 天野 直之