介護業界への転職から築く独立開業への起業モデル
JNEWS会員配信日 2013/7/21
記事加筆 2021/9/4
就職市場の有効求人倍率が「0.6倍」前後と、厳しい状況が続く中でも、これからの人手不足が確実視されているのは、「医療と介護」の分野である。2030年には、65歳以上の高齢人口が国民の3割を超える中で、高齢者の健康とケアに関われる専門人材が不足することは間違いない。
そこに向けて、若者の中では、医師や看護師を始めとした医療系の国家資格を目指す学生が増えている。大企業へ就職できるレベルの女子学生も、いまは看護大学へ行き、看護師を目指すケースが増えている。看護師のライセンスを持つことは、「生涯を通して仕事に困らない」という考えによるものだ。
中高年からの転職となると、医療系の大学へ通い直して資格を取得した後に、病院へ勤めることは難しいが、それよりもハードルが低いのは、介護業界である。
介護職は看護師よりも求人数が多く、転職者に門戸を開いている仕事といえる。
介護の資格制度は、2012年から段階的に改正されており、職場で実務経験を積みながらのキャリアアップがしやすくなっている。
それでも、介護業界への転職を躊躇する人が多いのは、入浴や排泄の介助など、大変な仕事のわりに、収入は少ないことが理由として挙げられている。介護施設で働く人達の平均年収は、一般のサラリーマンより大幅に安いのが実態で、上級の資格を取得したとしても、収入の面では夢を抱きにくい面がある。
しかし、そこへ「介護業界での独立開業」という目標を加えることにより、経営者へのステップアップができるようになる。日本の介護ビジネスは、国の介護保険制度によって成り立っており、利用料金の9割分は、保険の財源から支払われるシステムだ。
厚生労働省の介護給付費実態調査によれば、介護サービスの中で最も利用数が多い「通所介護(デイサービス)」の平均利用料金は、1人当たり 約8.8万円/月となっている。
そのため、一日に20人の利用者がいるデイサービス施設では、月商で約500万円の売上があり、上手に経営をすれば、10%以上の営業利益を出すことができる。
小売業の営業利益率が2~3%という時代に、それだけの利益が平均的に望める業界は少ない。
介護は、決して「儲かる仕事」ではないが、高齢者の世話が好きで、入浴や排泄の介助も抵抗が無い人であれば、やりがいのある仕事であり、適正な利益は得ることができる。
近頃では、未経験者でも、介護ビジネスを開業できるフランチャイズビジネスが登場してきているが、そうしたFC業者に加盟するよりも、地域の介護業者へ転職をして経験を積んだ後に、開業を目指すほうが、独立後の成功確率は高くなる。
そうして、一つの介護ビジネスを軌道に乗せた人は、隣接した他の介護事業も手掛けるようになり、多角的な経営をしている。
「介護」が他のビジネスと違うのは、サービスの利用料が公的保険によって賄われるため、業者の認可や事業内容、報酬点数、業界構造などが、国の法律に基づいて管理されている点である。
高齢者が介護サービスを受けるには、市区町村から“要介護”の認定を受けた後、各地域の介護支援相談員(ケアマネージャー)と面談しながら、具体的にケアプランを作成していくことになる。その際には、本人や家族の年収、資産状況なども確認しながら、月々に自己負担できる予算に応じて、利用する介護サービスを決めていく。
ケアマネージャーは公務員ではなく、「居宅介護支援事業所」という民間の事務所に所属している人達で、看護師や介護福祉士としての経験を積んだ人が、都道府県の認定試験に合格して、職に就いていることが多い。
ケアマネージャーの仕事は、高齢者と介護サービス業者の仲介や調整をすることであり、一人のケアマネが、35人までを担当できることになっている。どの介護サービス業者を利用するのが良いか、また、既に利用している業者を変えたい、などの相談対応~判断は、担当のケアマネがすることになる。
そのため、介護サービス業者にとっては、地域のケアマネージャーと親しく付き合うことが、顧客獲得の急所になる。まったく業界経験の無い人がFCに加盟して、介護サービスを開業するような場合、ケアマネージャーは、“信頼できる業者”として指名しにくい。それよりも、地域の介護施設で何年か働いていて、既に顔なじみの人が独立した業者のほうを選びやすい。
サービスを利用する高齢者や、その家族にとっても、介護は“業者名の看板”よりも、人柄やスキルの高い人に任せたいと思うため、勤務時代からの人間関係が独立後の集客にも役立つのだ。
経営者自身に、介護の実務経験があるのと無いのとでは、スタッフの採用~育成、管理の方法にも大きな違いが生じるため、介護ビジネスでの起業については、まず、介護業界へ転職をして、やがて独立する、というステップを踏むことが望ましい。
【介護報酬改正をリスクヘッジした経営の多角化】
日本の介護サービスは、公的保険によって利用料が賄われているため「儲けすぎてはいけない」という理念が根底にある。もちろん、適正な利益を出すことに問題は無いのだが、過剰な利益が出るサービスがあれば、介護報酬が見直されるシステムになっている。
経営者にしてみると、様々な努力をすることで、高利益が出る事業に育てたところで、報酬点数が下げられてしまうリスクがあり、それを回避するためには、同じ介護ビジネス中で、経営の多角化をしていく必要が生じてくる。
ケアマネージャーの仕事にしても、要介護の高齢者を一人担当することで、月におよそ1万円の公的報酬が支払われることになっているが、以前は「50名まで」担当できたのが、2006年からは「35人まで」しか担当することができない規定に改正された。
そのため、上限の報酬は「35万円/月」ということになり、ケアマネージャーを雇用している居宅介護支援事業所にしてみると、給料、ボーナス、社会保険料などの人件費を捻出するのに、ギリギリのところだ。※ケアマネージャーの平均月収は23万円。
そこで、居宅介護支援事業所の経営者は、訪問介護サービス(ホームヘルパー派遣)も兼業していることが多い。訪問介護の利用料は、一人あたり約6万円/月になり、ヘルパースタッフの8割は非正社員として雇われている。
ケアマネージャーには、訪問介護サービスの管理者を兼務してもらうことにより、労働生産性を高めている。ケアマネージャーの仕事は、中立的に、介護業者と利用者の間に立つことからすれば、「サービス当事者になるのはおかしい」という意見もあるが、現状の制度では、兼業も認められているのが実態だ。
公的に認められた介護サービスを兼業して、経営を多角化していくことの他に、利用者が、料金の全額を自己負担する、私的な介護サービスとの兼業モデルもある。介護労働安定センターの調査によれば、介護事業を行う法人の1/4が保険外のサービスも提供している。
たとえば、毎日の食事(弁当)を自宅まで届ける「配食サービス」は、介護保険の適用外になっているが、一人暮らしをする高齢者宅からの需要は多い。また、高齢者の髪をカットする理美容サービスもある。介護の仕事は、高齢者と接する中で、様々な仕事が求められるようになり、介護保険の範囲に留まることなく、新たなサービスを掘り起こすことはできる。
【介護ビジネスの採算と経営ノウハウの蓄積】
現在の公的介護サービスは、「施設サービス」と「居宅サービス」に大別されているが、施設サービスを運営できるのは、社会福祉法人や医療法人に限定されているため、個人や営利の法人(株式会社など)が開業できるのは、居宅系サービスになるが、それだけでも年間で3兆円超の市場規模がある。
《居宅系介護サービスの種類と利用規模》
- 訪問介護
利用規模:6,811億円
ホームヘルパーが訪問して入浴、排泄、食事などの介護を行う。 - 訪問入浴介護
利用規模:589億円
浴槽を積んだ入浴車などで入浴の介護を行う。 - 訪問看護
利用規模:1,468億円
看護師が訪問して療養の補助などを行う。 - 訪問リハビリテーション
利用規模:264億円
理学療法士・作業療法士などが訪問してリハビリを行う。 - 通所介護(デイサービス)
利用規模:11,028億円
入浴や食事の提供、レクリエーションなどを日帰りで受けられる。 - 通所リハビリテーション(デイケア)
利用規模:3,836億円
理学療法士や作業療法士によるリハビリを日帰りで受けられる。 - 福祉用具貸与
利用規模:2,083億円
車椅子や介護用ベッドなど福祉用具のレンタルサービス
これらのサービスに共通しているのは、収入に対する人件費の割合が非常に高いことであり、訪問サービスは73%、通所サービスでは55%が平均値。そのため、事務所、店舗、設備にかけるコストは、収入の20%以下に抑えられている。
この収益構造からすると、人件費を切り下げるほど利益率は高くなるが、それでは、サービスの質を下げることになるため、厚生労働省は、各介護サービスの収支状況を「収支差」という指標によって管理して、黒字が維持できる水準で介護報酬の決定~変更を行っている。
つまり、介護ビジネスでは、莫大な利益を上げることはできない代わりに、事業を維持していけるだけの適正利益は、国が支えてくれるという、他の業界には無い収益構造が築かれている。
2011年の介護事業経営実態調査によると、各サービスの収支差率は以下のようになっている。ただし、これは業界の平均値であり、各業者の収支は、経営者の手腕や努力により大きな差が生じている。
フランチャイズに加盟して開業する場合には、月々の収入に対して、約5%のロイヤリティを払う契約になっていることが多いが、上記の収支差率からすると、「5%」はとても大きな負担であることがわかる。その意味では、フランチャイズには頼らず、独自の経営で利益を出していくほうが賢い。
介護業界の実績は、介護保険制度によりガラス張りとなっているため、経営上の数字は公開されており、それらを分析することにより、黒字体質の介護ビジネスを組み立てることは可能だ。
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■JNEWS会員レポートの主な項目
・居宅系介護サービスの収益構造について
・訪問介護サービスの開業と集客方法
・小規模デイサービスの開業モデル採算構造
・イザという時の安心を積み立てる医療保険のトリックと盲点
・在宅介護セルフサービス時代の幕開けと新たな専門職の役割
・30兆円超を動かす医師との関係作りと名医格付ビジネス
■この記事の完全レポート
・JNEWS LETTER 2013.7.21
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