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気を付けておきたい インセンティブに依存した収益構造
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written in 1999.2.4
商品の売り方が変化している。消費者心理の変化とも関係があるが、それよりも大きな要因は「技術進歩の速さと市場競争の激化」にありそうだ。
最もわかりやすいのが携帯電話市場である。平成10年12月末の全国携帯電話加入数は約3900万台で普及率は35.5%にまで成長している。これだけ爆発的に普及したのは「携帯電話端末はタダ」が常識化していることに理由があるのは明白。
<携帯電話の国内普及推移>
1989年 489,558台
1990年 868,078台
1991年 1,378,108台
1992年 1,712,545台
1993年 2,131,367台
1994年 4,331,369台
1995年 10,204,023台
1996年 20,876,820台
1997年 28,745,124台
1998年 38,998,000台
(出所:郵政省・電気通信管理局)
携帯電話の普及に伴い携帯電話販売店の数も急激に増加しているが、どうして携帯電話端末を無料で配っても採算が合うのかと言えば、電話会社からインセンティブ(販売報奨金)がバックされるためである。新規契約を獲得すれば1件あたり数万円のインセンティブが電話会社から販売店に支払われるため端末の仕入値分を販売店側が負担してもトータルでは採算が合うわけだ。更に、契約者が毎月支払う通話料金からもバックマージンが得られる。そのため多くの新規独立者が携帯電話販売事業に参入して、それなりの成果を収めている。
この携帯電話業界が導入した「無料配布+インセンティブ制」戦略は他の業界もかなり注目しており、今後の新しい販売手法として様々な分野で採用されていくことが予測される。その中でもかなり現実性を帯びつつあるのが「インターネット端末の無料配布」戦略である。
インターネット接続プロバイダーが生き残るためには一般家庭層を顧客として取り込む必要がある。そのために操作が簡単なインターネット端末を契約者に無料で配布するというという戦略で、3年間の継続契約を条件とすることで十分に採算が合うわけだ。既存プロバイダーでなくとも、インターネット端末メーカーがこの方式でプロバイダー事業に参入してくることも十分に考えられる。
インセンティブ経営の落とし穴
無料配布戦略を導入する際に必ず必要となるのが販売店網の構築。といっても「売る」のではなく「無料配布」することでインセンティブ収入が得られるとなれば販売店契約希望者を集めるのは難しいことではない。小さな資本、小さなリスクで開業を考える独立希望者の多くが飛びついて来るはずだ。
実はここに独立希望者側には見えにくい落とし穴がある。インセンティブ重視の販売戦略は、粗利益重視の従来型販売手法と比較して長期的にみた経営が難しく、大きなリスクが存在している。例えるならスポーツ選手が実力で自己タイムを上げるのでなく、ドーピングに頼って好成績を狙うようなもの。今までにも家電業界、自動車販売業界が繁栄の後の苦汁をなめている。インセンティブ(販売報奨金)制の弊害をわかりやすく自動車販売業界の事例で説明してみよう。
<国産自動車(新車)の流通経路>
[自動車メーカー]
│
↓
[ディーラー]
│ │
│ ↓
│ [販売協力店]
│ │
↓ ↓
[一般消費者]
ディーラーが国産車(新車)を販売する際の平均粗利益率は約10%に過ぎない。本来の粗利益はもっと高いが、販売時には20万円、30万円という値引きが慣例のため最終的には10%程度に落ち着く。ディーラーではその他に下取り車の中古販売や車検・整備修理部門の利益があるために総売上高に対する粗利益率は約16%だ。
一方、ディーラーを経営していくための経費である営業費比率(人件費、家賃、広告宣伝費、その他)は総売上高に対して約20%のウエイトを占める。つまり粗利益率16%に対して20%の営業経費がかかれば4%分の赤字が生じことになるが、ここまで切り詰めて新車販売の粗利益率を低くできるのはインセンティブ収入が大きく関与しているために他ならない。
自動車ディーラーには通常の商売から得る利益の他に様々な手数料収入がある。これが総売上額に対して約6%のウエイトで、その内訳はローン手数料、保険手数料、メーカーからの販売報奨金等だが、販売報奨金の占める割合は総手数料収入の6割程度と言われている。
<ある自動車ディーラーの採算性>
○売上粗利益率--------------->16%←─┐
(新車販売粗利益率)--------->(10%) │
○手数料収入率---------------> 6% ├→4%の逆ザヤ現象
│
▼営業費比率----------------->20%←─┘
◎(粗利益率:16%−営業費率:20%+手数料収入:6%)=営業利益率(2%)
上記の粗利益率と営業費比率とのバランスから、「逆ザヤ現象」となり採算が合わない部分をインセンティブを主体とした手数料収入で補っていることがわかる。メーカー側が販売促進体制を推進して魅力的なインセンティブを設定している間は良いが、不景気の影響からインセンティブを低下させれば、ディーラー側の経営状況を即悪化させることになる。この体質をディーラーが改善するためには粗利益率を高めて「逆ザヤ現象」を解消させることが重要課題なのだ。
携帯電話販売事業では更に経営体質は良くない。「端末の無料配布」ということは売上粗利益率はゼロであり、すべてをインセンティブ収入に依存することになる。市場が拡大傾向にある期間はこれでも黒字経営が可能だが、やがて訪れる市場停滞期になれば電話会社からのインセンティブは低下して経営が成り立たなくなる。
そのため同業界で既に成功を収め、今後の動向が読めている経営者達は継続的な携帯電話販売事業は考えていない。適当な時期で見切りをつけて、新たにインセンティブ制で儲けることが可能な商材を見つけるか、新しい業界で新規事業を立ち上げるか、いずれかの方向性を模索中だ。
インセンティブに依存した販売事業は本来の(販売価格−仕入価格=粗利益)による商売よりも戦略の立て方が難しい。商売経験が無い独立希望者が借入で開業資金を調達して楽観的に参入して大きな火傷を負うケースも少なくない。決してインセンティブ収入を柱に事業計画を立てるのではなく、(本来の粗利益+インセンティブ)のバランスに気を遣ったビジネスを展開していくことが長い目で見て、成功するには大切である。
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これは正式会員向けJNEWS LETTER 1999年2月4日号に掲載された記事のサンプルです。 JNEWSでは、電子メールを媒体としたニューズレター(JNEWS LETTER)での有料(個人:月額500円、法人:月額1名300円)による情報提供をメインの活動としています。JNEWSが発信する情報を深く知りたい人のために2週間の無料お試し登録を用意していますので下のフォームからお申し込みください。
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