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大きな問題を抱えた日本企業と年俸制の相性

Written in 1998.10.4



 上場企業の中で給与体系の一部に年俸制を既に導入、または具体的に計画中の企業は全体の2割程度を占めている。しかしその中で新しい年俸制給与システムが順調に稼働している企業は極めて少ない。実力さえあればキャリアの差に関係なく高給が得られるはずの年俸制度に一度は社内が活気づくものの、実力主義を社内に浸透させようとすれば様々な問題点が浮上してくるのが大企業の現状のようだ。

 従来のように安定した固定給ではなく「自分が会社に対してどれだけ貢献しているのか」を明確にさせるコミッション形式に近い年俸制度は、従業員側が「自分に対する報酬がどの売上から発生しているのか」という前向きな意識を持つようになるが、「自分の能力が正しく評価されているのか」という不信感も同時に植えつけることになる。そのため年俸制度に対する問題点として各社共通しているのは「評価基準が曖昧である」「部署間での評価基準の統一が難しい」といった"評価の方法"に関するノウハウである。




年俸制の問題点


 全体的にみて最も年俸制が導入しやすい部署は営業部門だが、それとて様々な問題点が浮上している。

 ある自動車ディーラーでは年俸制の導入により、大幅に新車販売成績を伸ばした営業マンがいる。しかし彼は新車契約数を上げるために、下取り車の買い取り価格を高く設定していたため、同社の中古車販売部門は販売不振に陥った。

 この場合、新車部門の営業マンは高い給与を受け取ることになるが中古車部門の営業マンは給与が下がることになる。しかし中古車部門の販売不振は新車営業マンに原因があることは明からだ。

 これだけの問題なら新車部門と中古車部門の利益額と損失額を合算して、新車セールスマン、中古車セールスマンの最終的なコミッション率を算出すればよいが、販売が好調な理由がセールスマンでなく、そのディーラーの整備部門の技術者が優れてる点にあることがわかれば、その技術者にはどんな報酬を与えれば良いのか。

 また営業マンが自分の成績を上げるために顧客にとって不必要なクルマを販売してしまえば企業としての利益は高まるが、顧客満足度は大幅に低下する。その数値で表せない損失分は誰が吸収するのか。




国内年俸制が上手いかない理由


 日本企業が取り入れようとしている年俸制の報酬体系は米国をお手本にしている。それではなぜ米国では年俸制が上手く稼働しているのかといえば、各ポストや各従業員の責任範囲が明確に定められているからに他ならない。

 日本では各担当者が自分の仕事を進めるにあたり、他の部署との調整が必要であれば下記のような複雑な経路で意志決定を求めなければならなため、個々の実績主義がなじまないのだ。

<下取り車の買い取り価格を高くして新車販売する場合の許可経路>

  [新車営業マン]
     │
     ↓
[新車販売部門責任者]
     │
     │<-------------ここで伝達が途切れることが多い。
     ↓
[中古車販売部門責任者]
     │
     ↓
 [中古車営業マン]

 しかし現実の業務では顧客を待たせているために下取り価格決定までに時間をかけてはいられない。そこで中古車部門には事後報告の形で新車部門のみで下取り価格を決定してしまうために、後になってから高い仕入値の中古車をさばくことになる中古車部門が怒り出すわけだ。

 これら一連の業務は米国流に各担当者に権限を与えておけば問題が生じない。つまり新車営業マン毎に下取り価格の年間損益幅を認めておき、その範囲なら営業マンが自由に下取り価格を決められる権限を与えるわけだ。

<権限を与えられた営業マンAの下取り価格設定>

[顧客Bの下取り車]---->買取価格80万円(基準相場90万円)
                │
                ↓
             10万円の利益

[顧客Cの下取り車]---->買取価格20万円(基準相場40万円)
                │
                ↓
             20万円の利益

[顧客Dの下取り車]---->買取価格100万円(基準相場70万円)
                │
                ↓
             30万円の損失

 顧客B〜Dをトータルで考えれば営業マンAの買取価格による損益はゼロのために、買取価格の意志決定は営業マンA自身のみでおこなえる。これは自動車販売の例だが各企業が実績主義の年俸制度を実現するためには、上記と同じ様に各担当者に責任権限を与えなければ客観的で公正な実績評価をすることは難しいのだ。

 つまり日本の雇用問題と報酬体系の問題は企業の組織図全体を見直させることを意味する。これが改善できない大企業は賃金体系のみを実績主義に変更させたところで、他社との競争力を次第に失い体力を弱めていくのだろう。


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