「ぴあ」の衰退と、米国チケットビジネス最前線との対比
コンサートやライブイベントを成功させるにはチケット戦略が重要。どんなにクオリティの高いイベントでも、チケットを売るノウハウがなければ“興行”としては成功しないのだ。そのためイベント主催者は様々な方法でチケットを売り捌くのが通例であり、具体的には以下のような販路がある。
・主催者からの直販
・地域プロモーターからの販売
・プレイガイドへの委託販売
・チケット販売サイトへの委託
・企業スポンサーへの団体販売
主催者にしてみると、直販ルートだけで完売するのが望ましいが、チケットは在庫の価値にタイムリミットがある商品のため、イベント当日までに売り切るには協力者の助けが必要だ。そこで昔なら、各地方で強い宣伝力や人脈を持つ地域プロモーターが活躍していたが、今では「ぴあ」「ローソンチケット」「イープラス」のようなチケット販売業者が大きな力を持つようになっている。
これらの業者にチケット販売を委託するには、チケットの売上に対して10%前後の手数料を払う必要があるが、「ぴあ」だけで年間 900億円もの販売実績があるためコンサート主催者にとっては、この販路を避けることはできない。同社が取引している興行主催者は2万4千社、取り扱いイベント数は19万件、年間のチケット総発券数は4600万枚にもなる。
■ぴあ
それなら「ぴあ」はチケットビジネスの勝者と思うかもしれないが、同社の業績は数年前から雲行きが怪しくなり、赤字の状況が続いている。ボトルネックになっているのは、増加するチケットの取扱数に追い付かない受注システムの問題だ。
年間4000万枚以上のチケット予約を扱えるシステムの開発には、巨額の資金がかかるが、2005年に同社はそのコストをできるだけ抑えるため、中国のソフト会社に開発を依頼した。しかし納品された次世代システムにトラブルが発生し、チケットの取扱数を制限しなくてはいけない状況に陥っているのだ。その間に、ライバル会社との競争も激しくなり、チケット販売の利益率は著しく低下して、チケットの売上から経費を差し引いた営業利益は、1%に満たない水準である。
【米メジャーリーグのチケッティング戦略】
「ぴあ」のように、イベント主催者からの委託を受けて販売代行をするビジネスは、紙チケットをプレイガイド窓口で売る時代に登場したものだが、今では大半がオンライン購入であり、チケットの形態も紙から電子版へと移行しているため、米国では、委託業者を経由するのではなくて、イベント主催者が直販していく方式へとシフトしてきている。
それにより、主催者は委託手数料のコストをカットすることができるし、委託業者のシステムに依存しない、独自のチケッティング戦略を立てることが可能になる。たとえば、米メジャーリーグ(野球)の公式サイト(MLB.com)からは、30球団全試合のチケットを予約購入することができるが、その方法は、空きシートの中から希望する場所を指定して、購入枚数や購入者名などと、クレジットカード番号を入力すれば完了する、非常にシンプルなものだ。
肝心のチケットは MLB.comから電子メールで PDFファイルとして送付されて、購入者が自宅のプリンターから印刷して会場へ持参する方式のため、日本からでも渡米前に予約購入することが可能だ。印刷した用紙(チケット)には予約番号がバーコードとして記載されており、それが試合当日の入場管理に使われるが、用紙自体には何の価値も無いため、チケット偽造などのセキュリティ対策の負担も軽減される。
また、直販方式ならチケットの種類も自由に増やすことが可能で、同サイトから販売されるチケットには、通常版の他に、6試合分を一括購入できる割引パックや、20名以上のグループが割引購入できる団体チケット、試合前に子どもが選手と交流できるファミリーチケット、年間を通してどの試合にも入場できるシーズンチケットなど、多様な商品設定がされている。
このように、米メジャーリーグが柔軟なチケット直販モデルを築けるのは、MLBが各球団の収益状況を管理して、チーム間で過度の不均衡が起こらない収益分配制度を導入しているためで、このチケット直販システムは、MLB公式サイトの他、各球団のサイトからも利用できるようになっている。そのため、日本プロ野球のように、球団毎にチケットの購入方法が違うということはなし、各球団が独自にチケット販売システムを開発する必要もない。
MLBがチケットの直販に力を注ぐのは、メジャーリーグが年間で7千万人、マイナーリーグも含めると1億1千万人もの観客動員があるビジネスにおいて、自前でチケット販売ノウハウを持つことが最も重要な部分と捉えているためである。
それを実現するには、巨額のシステム投資も覚悟しなくてはいけないが、MLBの場合には、既にオンラインチケット予約~販売のシステムを持つ「Tickets.com」を 6600万ドルの価値(約63億円)で買収することにより獲得した。
【チケット販売を起点とした音楽業界の再編】
音楽、スポーツのいずれにしても、デジタルメディアから安易に視聴ができるようになったことで、ファン層を増やすことはできるが、それだけで十分な料金を得ることは難しい。そこでネットは宣伝媒体と割り切って、生の感動を与える会場への集客を収益の柱にしようとする“リアル回帰”のビジネスモデルが広がっている。というのも、リアルな会場で感動を得た顧客は、それ以降も、財布の紐が緩くなる特性があるためだ。
いま米国の音楽業界で、最も元気なのが「ライブ・ネイション(Live Nation)」というコンサートの運営会社で、世界33ヶ国で2万2千件ものライブイベントをプロモートして、7千万人以上の音楽ファンにチケットを売り捌いている。同社のビジネスが「ぴあ」と違うのは、U2、マドンナ、ジョナス・ブラザーズ、ニッケルバック、AC/DCといった大物アーチストのワールドツアーを、主催者として手掛けた上で、チケットの直販をしている点だ。
■ライブ・ネイション(Live Nation)
MLBと同様に、ライブ・ネイションでも、チケット直販システムをビジネスの急所として捉えており「livenation.com」の中で、同社が主催する約1600組のアーチスト・ライブのチケットをオンライン購入できるようになっている。このシステムは、米チケット販売大手である「チケットマスター(Ticketmaster)」との企業合併によって実現したものだ。
ライブのチケット販売を起点として、ツアーグッズやDVDの他、様々なアーチスト関連商品の販売や、企業スポンサーのマーケティング支援をすることにより、収益を太くしていくのがライブ・ネイション社のビジネスモデル。
今ではCDアルバムを数千円で売ることはもちろん、1曲2百円のオンライン配信でも、ファンからは“高い”と言われてしまう。ところが、そのアーチストを生で観られるライブ入場料となると、5千円、いや1万円でも惜しくない考えるファンの価値観にこそ、不況で苦しむ音楽業界を再生できるヒントがある。
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・リアル会場への集客を主力にしたマネタイズの流れ
・電子時代に衰退するチケット委託販売ビジネス
・ダフ屋のいないプレミアムチケット市場
・公認チケット転売ビジネスの仕組み
・遊休のホール施設をマネタイズするチケッティング戦略
・大学フットボールに採用されるチケットの先物買いシステム
・メガヒットに頼れない音楽業界が生き残る二つの方向性
・市民スポーツを収益化する発想とウォーキングツアーの事業化
・ダフ屋だけではないサービス業界に広がるチケットビジネス
■この記事の完全レポート
・JNEWS LETTER 2010.6.4
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